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生産性向上の名を借りた「負担の移し替え」は、本当に効率化なのか

20万円以下のソフトウェアを購入するために、少額稟申をしようとして、何度も手が止まった。

カテゴリー、費用の扱い、部門コード、予算管理部門コード。ひとつひとつ確認しながら入力していくのだが、私のような直接部門の人間にとっては分かりにくい項目が多い。

もちろん、申請に必要な情報であることは分かる。会社のお金を使う以上、ルールや管理が必要なのも分かる。

ただ、間接業務を直接部門が、何度も何度も引っかかって行う作業。

これは本当に「効率化」なのだろうか。

これまで誰かが担っていた確認や整理の仕事が、システム化によって消えたのではなく、単に申請する本人の側へ移っているだけではないのか。そんな違和感が残った。

ソフトウェア購入申請で手が止まるイメージ

作業が消えたのか、移動しただけなのか

会社ではよく「生産性向上」や「コスト削減」という言葉が出てくる。

開発期間を短くする。工数を減らす。費用を抑える。言葉としては正しいし、方向性としても必要だと思う。限られた人員と予算で成果を出すには、無駄な作業を減らす必要がある。

ただ、そのときに気をつけたいのは、仕事そのものが減ったのか、それとも担当する人が変わっただけなのか、ということだ。

たとえば、ある部門の手続きが簡略化されたように見えても、その前提として、申請する側がより多くの情報を調べ、分類し、判断するようになっていたらどうだろう。

間接部門の作業時間は減るかもしれない。

しかし、直接部門の作業時間は増える。

会社全体で見れば、作業が消えたのではなく、場所を変えただけかもしれない。

効率化の名の下で作業が別の場所へ移るイメージ

間接業務の時間は見えにくい

直接業務の時間は、意外と見えやすい。

開発、設計、検証、サプライヤ対応。こうした業務の時間は、成果物や納期と結びついているので分かりやすい。一方で、間接業務の作業は、細かく分散して入ってくる。

1件あたりは小さい。

だから、組織全体の数字には出にくい。

でも、その小さな作業が積み重なると、現場の集中力や開発のリズムを削っていく。しかも本人にとっては「自分でやるしかない作業」になりやすいので、業務改善の課題として表に出にくい。

ここに、生産性向上という言葉の難しさがある。

ある部門の効率化が、別の部門の非効率を生んでいる場合、それは本当に会社全体の生産性向上なのだろうか。

業務委託費を減らすだけでは、仕事は消えない

同じことは、業務委託費の削減にも言える。

外にお願いしていた仕事を減らせば、費用の数字は下がる。予算表の上では、確かにコスト削減に見える。

けれど、その仕事が本当に不要になったのではなく、社内の誰かが引き取るだけなら、話は少し変わってくる。

外注費は減る。

でも、社内の人の時間は増える。

その時間が本来業務を圧迫するなら、見える費用を減らす代わりに、見えにくい機会損失を増やしている可能性がある。

もちろん、外に出していた仕事を社内に戻すこと自体が悪いわけではない。ノウハウを社内に残す、判断を速くする、品質を上げる。そういう目的があるなら意味がある。

問題は、仕事の量や責任の置き場所を見直さないまま、費用だけを削ることだ。

それは、コスト削減というより、負担の付け替えに近い。

個人評価が全体最適を難しくする

もうひとつ気になるのは、評価制度との関係だ。

多くの会社では、個人ごとの成果や効率が評価される。自分の担当範囲で成果を出す。自分の工数を減らす。自分の目標を達成する。それ自体は必要なことだ。

ただ、個人最適が強くなりすぎると、組織横断でうまく動かす人が評価されにくくなる。

たとえば、ある人が複数部門の間に入って、申請の流れを分かりやすくしたとする。現場の手戻りが減り、問い合わせも減り、結果として会社全体の時間が節約された。

でも、その成果は誰の数字として表れるのだろう。

間接部門の効率化なのか。直接部門の効率化なのか。システム部門の改善なのか。あるいは、どこにも明確に入らないのか。

全体最適に効く仕事ほど、個人評価の枠からこぼれやすい。

ここを放置すると、みんなが自分の担当範囲だけを最適化する。結果として、会社全体では仕事が複雑になっていく。

「誰の時間が減ったのか」を見る

生産性向上を考えるとき、私は「誰の時間が減ったのか」を見たい。

単に、ある部門の作業時間が減っただけでは不十分だと思う。その作業が別の部門に移っていないか。現場の判断負荷が増えていないか。問い合わせや手戻りが増えていないか。本来業務の集中時間を削っていないか。

そこまで見て、初めて効率化と言えるのではないだろうか。

システム化も、予算削減も、業務委託の見直しも、本来は会社をよくするための手段だ。誰かを楽にして、誰かを苦しくするためのものではない。

だからこそ、数字に出るコストだけでなく、数字に出にくい時間も見る必要がある。

誰かを責めたいわけではない

こういう話を書くと、間接部門が悪い、経営が悪い、現場が大変だ、という単純な話に見えてしまうかもしれない。

でも、そういうことを言いたいわけではない。

間接部門にも制約がある。予算も人員も限られている。システムを作る側にも事情がある。経営としてコストを見なければならないのも当然だ。

だからこそ、必要なのは「誰が悪いか」ではなく、「仕事がどこへ移動しているか」を見ることだと思う。

ある場所で効率化したつもりの仕事が、別の場所で負担になっていないか。

見える費用を減らすために、見えない時間を増やしていないか。

個人の成果を追うあまり、組織全体をうまく動かす人を見落としていないか。

会社全体の仕事の流れを引いて眺めるイメージ

あなたの職場にも、「効率化されたはずなのに、なぜか現場の作業が増えている」ものはないだろうか。

その作業は、本当に減ったのか。

それとも、見えにくい場所へ移っただけなのか。

一度そういう目で仕事の流れを見てみると、生産性向上という言葉の見え方が少し変わるかもしれない。