先日、サイクルモード東京の来場者数について調べた
サイクルモード東京の2026年来場者数が出たのでグラフを更新。さらに来場カテゴリ別にも見てみると恐ろしいことがわかる。そりゃぁメディアが取り上げないわけだ。そして最も深刻なのが中学生以下の数… pic.twitter.com/tINxghRCd5
— はしもととおる (@spacevision) 2026年4月27日
数字を追っていくと、ひとつの違和感が残った。
自転車そのものの魅力が失われたというより、自転車に触れる入口が細くなっているのではないか。そんな感覚だった。
展示会に人が来ない。特に若い世代が減っている。
販売店やメディアの存在感も弱くなっている。
スポーツバイクは高額化し、初心者にとって入口が狭くなっている。
では、日本の自転車界はこのまま縮んでいくしかないのか。
そう考えたとき、対照的な存在として浮かび上がってくるイベントがある。
宇都宮ジャパンカップサイクルロードレースだ。
サイクルモード東京が来場者数の減少や構造変化を感じさせる一方で、宇都宮ジャパンカップはコロナ後も10万人規模の来場者を維持している。しかも2025年は、来場者数こそ前年並みだったが、経済波及効果は35億8,100万円に達したとされている。
自転車イベントとしては、かなり大きな数字だ。
ただし、ここで「ロードレース人気はまだある」と結論づけるのは早い。
宇都宮ジャパンカップの強さは、単に人気レースだからでは説明できない。
そこには、30年以上をかけて積み上げられてきた“街と自転車の関係”がある。
1990年世界選手権のメモリアルレースとして始まる
ジャパンカップは、1990年に宇都宮市で開催された世界選手権自転車競技大会ロード競技のメモリアルレースとして、1992年に創設された大会である。
さらに1996年は、ジャパンカップがUCIワールドカップシリーズ最終戦として開催された特別な年だった。
実際、これまでの来場者数の推移を見ると1996年だけ突出している。

では、なぜ1990年に宇都宮で世界選手権が行われたのか。
1990年の世界選手権は、もともと日本にロードレース文化が深く根づいていたから来た、というよりも、中野浩一さんの世界選手権プロ・スプリント10連覇という偉業を背景に、日本へ世界選手権を招致したことが大きい。
【4/5】あの頃日本では/平成トラック史を振り返る | More CADENCE - 自転車トラック競技/ロードレース/競輪ニュース
つまり宇都宮ジャパンカップは、最初から完成された地域イベントだったわけではない。世界選手権という大きな機会があり、それを一過性の出来事で終わらせず、地域が受け止め、残し、育ててきた大会だった。
この順番は重要だ。
宇都宮が最初から「自転車のまち」だったのではない。
世界選手権が来た。
その記憶を残すために大会が生まれた。
そして長い時間をかけて、街の文化へと変わっていった。
2010年、レースが街へやってきた
もう一つ、来場者数の流れを大きく変えた節目がある。
2010年に始まった宇都宮市中心部でのクリテリウムだ。
森林公園を舞台にしたロードレースは、本格的な観戦体験として大きな魅力がある。
古賀志林道の登り、選手との距離の近さ、周回コースならではの展開。
ロードレースを知っている人にとっては、これ以上ない舞台だ。
一方で、初心者や家族連れにとっては少しハードルが高い。
会場まで行く必要がある。
レース展開を理解するには多少の知識もいる。
小さな子どもを連れて一日観戦するには、少し覚悟もいる。
そこに、街なかのクリテリウムが加わった。
買い物のついでに見られる。
食事のついでに立ち寄れる。
子ども連れでも行きやすい。
自転車競技を知らなくても、目の前を高速で駆け抜ける選手たちの迫力は伝わる。
レースが、競技場や山の中だけのものではなくなった。
街の中に出てきた。
この変化は大きい。
宇都宮ジャパンカップは、ここで単なるロードレースから都市イベントへと性格を変えた。
来場者数が2010年以降に一段上がった背景には、この「街に開いた」ことがある。
自転車を”売るもの”から”体験するもの”にした宇都宮
サイクルモード東京と宇都宮ジャパンカップを比べると、決定的な違いがある。
サイクルモード東京は展示会だ。
新製品を見る。
試乗する。
ブランドを知る。
購入を検討する。
これはこれで大切な場だ。
自転車業界にとって、メーカー、販売店、ユーザーが接点を持つ場であることに変わりはない。
ただし、入口はどうしても「商品」に寄りやすい。
完成車。
ホイール。
コンポーネント。
パワーメーター。
ウェア。
ヘルメット。
自転車が好きな人にとっては楽しい。
しかし、まだ自転車を好きになる前の人にとっては、少し遠い。
一方で、宇都宮ジャパンカップの入口は商品ではない。
街で見る。
地元チームを応援する。
親子でイベントに参加する。
飲食店や商店街を歩く。
SNSで写真や動画を見る。
プロ選手を身近に感じる。
まず体験がある。
その先に、自転車への興味が生まれる。
この順番が重要なのだと思う。
今のスポーツバイク業界は、あまりにも早い段階で「買う」話になりすぎている。
けれど、本当に裾野を広げるなら、最初に必要なのは購入ではない。
まず、出会うこと。
次に、見ること。
そして、応援すること。
その先に、乗ってみたい、始めてみたい、買ってみたいという気持ちが生まれる。
宇都宮ジャパンカップは、その流れを街の中に作っている。
地域が関わる理由を作った大会
宇都宮ジャパンカップの強さは、観客数だけではない。
この大会には、地域が関わる理由がある。
世界選手権の記憶とジャパンカップの継続。
クリテリウムによる中心市街地への展開。
宇都宮ブリッツェンという地元チームの存在。
小学生向けの安全教室。
商店街との接続。
公共交通との連携。
行政の継続的な関与。
ボランティアの支え。
そして、写真や動画を通じたSNSでの広がり。
これらは、一年で作れるものではない。
単発イベントでも作れない。
だからこそ、他地域が「宇都宮のようにレースをやれば人が来る」と考えるのは危うい。
レースだけでは足りない。
展示会だけでも足りない。
試乗会だけでも足りない。
有名選手を呼ぶだけでも足りない。
必要なのは、地域がそのイベントに関わる理由を持つことだ。
子どもが関わる。
親が関わる。
販売店が関わる。
学校が関わる。
自治体が関わる。
地元チームが関わる。
商店街が関わる。
写真を撮る人、発信する人も関わる。
そうして初めて、自転車は「趣味の人だけのもの」から「街のもの」になる。
宇都宮ジャパンカップが示しているもの
宇都宮ジャパンカップを調べていくと、単純に「自転車人気が落ちている」とは言い切れないと感じた。
弱くなっているのは、自転車そのものの魅力ではない。
弱くなっているのは、自転車に入っていくための入口ではないか。
高額な完成車を並べるだけでは、初心者は入ってこない。
スペックを語るだけでは、子どもは憧れない。
既存ファンだけを相手にしていては、販売店もイベントも先細りする。
必要なのは、買う前の体験だ。
街で見る。
親子で触れる。
地域で応援する。
安全に学ぶ。
写真や動画で広がる。
販売店とつながる。
そして、いつか自分も乗ってみたいと思う。
宇都宮ジャパンカップは、その順番を30年以上かけて作ってきた。
世界選手権の記憶から始まった大会は、やがて街のイベントになり、地域の文化になった。
その歩みは、日本の自転車界がこれから考えるべきことを示している。
自転車を売る前に、自転車のある生活を作ること。
レースを開催する前に、地域が関わる理由を作ること。
イベントを単発で終わらせず、教育、観光、交通、販売店、SNSへ接続すること。
これができなければ、自転車業界は既存ファンの買い替え市場として縮んでいく。
逆に、これができれば、自転車はまだ地域文化になれる。
宇都宮ジャパンカップの来場者数の推移は、その可能性を示している。
世界選手権の記憶は、まだ終わっていない。
宇都宮の街の中で、今も形を変えながら走り続けている。
